おなかがすく。木の実が食べたいと考え、ムックリと立ち上がる。外に出て木の実を拾いあつめて食べる。胃の中に快感が広がり、満腹になる。これが基本的な仕組みだ。(今日は難しいことは書かない- というより書けない)。木の実を食べたいと考え(想像したときに)立ち上がらなければならない。この時に実際に立ち上がる力が「やる気」の源泉だと考えられる。
アメリカでよくある「自己実現本」は、このやる気感を下敷きにしている。モチベーションを高めるためには、木の実を食べたときのことを想像してみましょう、あとは宇宙が必要なことを与えてくれますというわけだ。実際に宇宙が与えてくれるのか、モチベーションを持ったその人自身が知らず知らずの内に実現に向けて歩き出すのかはよく分からない。
木の実の例はとても単純な行動プロセスだ。実際には人間の行動はもっと複雑だ。複雑さの原因は2つある。
- 時間とプロセスの複雑さ
- 社会性
時間とプロセスの複雑さについて考えてみる。シゴトをして立派な家を建てたい場合、まず学校に行き、資格を取り、会社を探し、30年以上程働く。しばらくしてローンを組み…という具合だ。
ここまでではなくても、例えば「アイスクリームが食べたい」となったとき、着替えて、部屋を出て、歩いてコンビニに行き…と考えているうちに面倒くさくなってくる。この時に「アイスクリームを手に入れて喜んでいる姿」を想像するのは有効だろう。もう一つのやり方は、とりあえず着替えて歩き出す事だ。ひどい場合には「何が食べたいのか」分からなくなっていることがある。歩いているうちに何が食べたいかが分かる。コンビニであれこれ物色しているうちに、ああこれが食べたかったんだと思うかもしれない。同じように、とりあえず社会にでて働いているうちに家が買えるかもしれない。
アドバイスとして「まず行動してみましょう」という人がいる。これはある意味的確だ。しかし、但し書きが付く。つまり、その人は漠然としていてもいいから「目的を持っている必要がある」のだ。
こういう状態に陥っている人に定期的に食べ物を与えたらどうなるだろうか。多分、この人は「これは違うなあ、僕が欲しいものではないなあ」と思いつつも、外に出て行動する動機を失うだろう。まずは小さいところから「欲しいものを想像し」「それを手に入れる」ことを積み重ねる必要がある。必要なものを手に入れることができるという自信が「自尊心」だ。
逆に、コンビニの例もちょっと危険な状況だ。あまりおなかがすいていないのに、とりあえずコンビニに行きそこにあるものからとりあえず食べたそうなものを選ぶ。そうしているうちに「何が食べたかったのか」が分からなくなっている可能性もあるだろう。
もう一つの複雑さは、社会的なものだ。家の例に戻る。家を建てたいのは、自分が住みたいからだろうか。それとも家族を喜ばせたいからか。それとも人の目を気にしているからだろうか。それとも世間一般に家を建てるべきとされているからだろうか。それは本当に自分の欲している家だったのだろうか。
そもそも、人間がこうした高度な文明を作る事ができたのは、長期的な視野(ビジョン)を持ったことと、利他行動を含む目的意識(家族のため、社会のため)を持ち得たからだと言われている。しかし、これが複雑に発達すると「一体、自分が何を欲していたのか」が分からなくなってしまう可能性がある。
モチベーションが湧かない場合には、まずは「自分が何をしたかったのか」を考えることが必要だ。しかし、実際にこれを考えはじめても、思い浮かぶのはたいてい「誰かに言われたこと」か「他人が望んでいる」ことだったりする。そして自分がやりたいことが見つかるとさらにたいへんな事態が襲いかかる。今ある生活とは全く異なったことがしたかったということに気がついてしまう場合があるわけだ。
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