今朝のニュースを見ていると、鳩山さんが小沢一郎さんと菅直人さんの仲介者を買って出たそうだ。これを見て、即座にスターウォーズを思い出した。スターウォーズはユングの心理学理論を元にしていると言われる。父親と息子の物語なのだが、実際には自我が「善」と「悪」に分かれている状態を再現している。つまりそこには個人的な葛藤があり、最終的に父と子が和解することで、この人格が統合されるというのが筋書きである。
民主党の状態はこれに似ていて、ちょっと異なっている。善(というか理想主義的な状態)を象徴するのが菅直人さんであり、悪(というか、政治権力を維持するためには泥にまみれることも大切)と考えているのが小沢一郎さんの一派なのだ。
違いもいくつかある。スターウォーズには仲介者的なキャラクタは出てこない。鳩山さんがこれにあたる。鳩山さんには自分の主張がない。巨大な真空のような感じで周囲にいる人たちに「まあ、なかよくね」というだけである。菅直人さんは理想主義的な態度が国民の支持を受けていたのだが、すでに「ダークサイド」に落ちている。現実的な政治を行うためには、財務省との妥協が必要と考えたようだ。つまり、どちらも「ダークサイド」に落ちてしまったということになる。落ちた場所が少し違うので(一方は国民に利益配分するのがよいと考えており、もう一方は大蔵省系の人たちの主張を体現するのがよいと考えている。これは日本の戦後政治の2大潮流なのだという人さえいる)統合されようがない。
政権を取った政党がこのように自己分裂に陥っていて、しかも何らかの妥協によってなんとなくつながっているというのが、日本政治の姿である。ということは日本がこのような状態に陥っていると考えてよいだろう。そして思考停止に陥っているうちは、何の行動もできないのである。
スターウォーズの話が成り立つのは、少なくともダースベーダーが「自らの意思で悪を体現しており」スカイウォーカーも「自らの意思で帝国に立ち向かって行った」からである。スカイウォーカーは数々の経験の中から「自分の実力」で達成できる事柄を積み重ねる。(これを自尊心という)遂には人格を統合するに到るのである。
しかし菅直人さんは途中でこれを諦めている。そもそもここに出てくる登場人物からは「自分がもともと何をやりたかったのか」が見えてこない。民主党の政局がちっとも面白くないのはここに理由がある。小沢さんに至っては「どのような日本にしたいのか」(つまり何がやりたくて政治家になったのか)が全く見えてこない。目指す方向性がなく、つねに他人を打倒することが自分も存在感になっている。田中角栄的政治(開発を通じて地方を豊かにする)を追求したいのかもしれないが、既に田中角栄さんは亡くなっているし、開発途上国型の政治手法だ。しかしもともと「自分のやりたいこと」がないのだから、そこから抜け出すことはできないのである。
皮肉なことに「自分が何をやりたいか」がないので、いったん生じた違いは修復できないだろう。なんとなくごまかしながら進むか(もしかしたら「挙党態勢」は実現するかもしれないが、崩壊は時間の問題だろう)分裂してしまうしかない。
今回のシリーズでは「社会を再活性化するにはどうすればいいか」という漠然としたテーマを考察しようと思っている。民主党の事例を取り上げたのは「自分が何をしたいのか」ということを知っていることが、やる気(モチベーション)につながると考えているからだ。逆に「他人のやりたいこと」を追求していると、却って社会は活力を失ってしまうのではないかと思う。
しかし、民主党の政治家たちが「自分のやりたいこと」を追求し始めたら、どうなるだろうか。多分、折り合わなくなった人たちは分裂せざるをえなくなるだろう。そもそも自分のやりたいことを棚上げするのが日本のやり方だったわけだ。これが社会の活力をそぎ、方向性を見失わせているとしたら、いったい何が変わったというのだろうか。
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