終戦記念日に向けて、今年も戦争特集が組まれている。特に20代から30代に向けた番組が目立つ。たぶん戦争を知らないので興味を持たないに違いないという意識があるのだろう。ほとんど季節の行事になっていて、この季節が終るとまた忘れてしまう人も多いに違いない。
第二次世界大戦に入る前、日本はいくつかの戦争を体験した、なぜか負けたことがなく、第一次世界大戦のような大規模戦争も経験している。経済的に追い込まれる中で、真珠湾攻撃に踏み切った。アメリカの土地が攻撃されたことで、世論の反対がなくなる。軍需産業が景気を押しあげ、アメリカは好景気にわいたのだという。皮肉なことに、アメリカはこれ以降戦争から逃れられなくなる。現在2つの大きな戦争を抱えていて、兵士を撤退させられない。戦場の士気は落ちているのだという話も聞く。
さて、一連の番組で印象的だったのは、最初は世論の支持を追い風に威勢の良い戦争を続けていた日本は、徐々にアメリカに押される。それでも大本営は「戦争は大丈夫」というような報道を繰り返す。しかし本土に爆撃が繰り返され、経済的にも苦しくなると、国民の中に、この戦争に負けるのではないかという気分が高まった。GHQが行った聞き取り調査では、ある時期から「負けるのでは」と思っていた国民の割合が50%くらいまで上昇したそうだ。(逆にみれは残りの50%はまだいけるのかも、と思っていたことになる)。
それと平行して、司令部は無茶な作戦を立てるようになる。生きたままの兵士を潜水艦に乗せて突撃させたり、爆弾を気球に括り付けてアメリカ本土に飛ばしたりした。この他にも無茶な作戦はたくさんあっただろう。救援物資は送られず、精神論だけで乗り切ろうとした。
日本人の組織は、上下の意思伝達に特徴がある。集団主義的な傾向があるので、国民はただ従っているように見える。しかし実際には下から上への意思伝達手段にある。例えば平社員が企画を起草して、管理職はハンコを押すといった具合だ。ある程度対流構造があり、これがうまくいっている間は大丈夫なのだ。どうしてこれがうまく行くのかというと、平社員の方が現場を知っているからだ。上司もかつては現場経験をしており、だいたい平社員の言っていることが正しいのかそうでないのかということが判断できる。これが対流構造を作っている。
あまり戦争特集では触れられないのだが、軍隊を指揮していたのは特別に養成された人たちだったはずだ。もしかしたら、現場がうまく対処している間は作戦を立て、つじつまを合わせていれば良かったのかもしれない。この人たちは管理することはできても、立て直すことはできなかった。そればかりか無茶な作戦を立てて、現場の兵力を無駄に消耗し、国民に極度の窮乏生活を押し付けた。最終的には新型兵器の実験場として使われることになる。東京の死者11万人、広島26万人、長崎7.5万人だそうだ。(出典はWikipedia)
普段は現場と計画を立てている人たちがフィードバックループを形成する。現場は全体のリソースを調節できず、計画を立てる人たちは現場のことが分からないからだ。状況が悪化するとこのループが寸断される。すると計画を立てる人たちが暴走することになる。
戦争の悲惨な映像を見せることで「戦争そのもの」を忌避させるのはある意味有効な手段だと考えられる。実際に取り返しがつかない無差別殺人が放置されたのは確かだからだ。しかし、戦争の悲惨な映像を見せ続けられることで、私たちの社会が持っていて、現在にも当てはまる脆弱さを直視する機会が失われているといえるだろう。
それは計画を立てる人たちが、必ずしも、現場から自律的にフィードバックを得ることができないという点だ。追い込まれた計画立案者たちは、3つの罠に陥って行く。
- 自分たちの頭の中で計画を立て、こうすればうまく行くはずだと、想像するようになる。
- 失敗の原因を「現場の質が悪いからだ」と考える。
- 失敗の責任を取らされるかもしれないと考えるので、ますます冷静な分析ができなくなる。
同じようなことが政治の現場で起きている。何をやっても経済が上向かない。責任を取らされるのを怖れて現場は何も言わなくなった。結局責任を取らされるのは政治家で、頻繁に首相が変わる。すると冷静な判断ができなくなり…という具合である。
ところで、こうした分析が戦争特集で出てこないのは、この国に「企画立案でやってゆこう」という人たちがあまりいないということかもしれない。市民目線で番組を作るので、どうしても「無差別攻撃に巻き込まれた」とか「戦争に送られた」という人たちの戦争体験が中心になるからだ。戦前を知っている人たちが「エリート教育がない」というが、同じような意味あいだとも言える。
企業の一部は、グローバル化という名目でアングロサクソン系のマネジメントと英語を受け入れつつあるように思える。これは、現場と計画立案が分離しているマネジメント世界だ。共通経験や現場からのフィードバックがなくても、正しい判断ができるようになるのかなと思ったりもする。
時々、日本も軍隊を持って戦争ができるようになるようにすべきだという意見を聞く。確かに言い分として分からなくもない。しかし、こうした戦争特集を見るにつけ、旧来のマネジメントシステムを保持している限り、日本は面として展開する戦争は向いていなかったんだろうなと思うのある。
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