シングル・ループ学習は、学習の起点部分を変えずに学習を続ける事。ダブル・ループ学習は学習の結果をフィードバックして前提を変えることを指す。シングル・ループは防衛的な姿勢を生む事があり、学習が阻害される。
広島県にあるカイハラは日本のジーンズ素材メーカーだ。2004年のこの記事によると彼らの強みは積極的な提案力だった。2007年には中小企業庁が選ぶ300社の中に入っている。国内のブルージーンズ向けのシェアは50%あり、海外にも輸出されている。輸出シェアは70%ということなので、イタリアのハイブランドのジーンズ生地が実は日本製ということもあるのかもしれない。このように日本の素材メーカーは単に顧客の要望に答えるだけでなく、積極的に提案を行い、全体的なイノベーションを牽引してきたのだった。この時点で、日本の製造業が海外移転しているのに、日本で操業を続けている(つまり、雇用を作り続けている)ということで、絶賛されている。
ところが、2010年の記事では少し事情が変わっている。リーマンショックの影響からか、国内で格安ジーンズが流通し始めたことが原因なのか、良くわからないのだが、売上げが落ちているらしい。700名がレイオフされている。つまり「シゴト」がなくなってしまったわけだ。参照記事ではプレミアムジーンズの流行は「内容空疎」だったと、一刀両断である。
もちろん、カイハラは手をこまねいて見ているわけではない。この記事によると、ユニクロは2010年10月末をメドに10,000円近いカイハラ製のジーンズを売り出そうとしている。メインではなく、特別商品という位置づけだそうだ。
別のメーカー(近年売上げが落ちているそうだ)では、メイド・イン・ニッポンという打ち出しをしている。アパレルの人たちにとって、プレミアム・ジーンズとは手をかけたジーンズという意味だ。手をかけて履き込んだ加工をするという意味になるので、プレミアム・ジーンズの価格は作業の手間賃ということになる。
ジーンズの価値にはいろいろなものがある。もともとは耐久性のある素材が人気だったのだが、1960年代以降は「自由」の象徴になった。既成の権威からの離脱の象徴という意味付けを持ったわけだ。現代でも、GAPのジーンズを買う人は乾燥機(特にアメリカでは自然乾燥はさせないので、衣服の痛みが早い)に耐えられる耐久性を求めているだけかもしれない。Dolce & Gabbanaのジーンズが欲しい人は、彼らが提案するスタイルの一貫としてジーンズを取り入れるのだろう。ユニクロのジーンズはパーツの一環である。こうした需要が自然に生まれることもあるだろうが、大抵の場合には「提案」される。適当なターゲット(市場)を見つけて価値を提案するのが、マーケティングだと言ってよい。もしくは市場から習って学習することもマーケティングの一環だといえるだろう。提案のツールは商品だけではない。Abercrombie & Fitchのように店頭と売り手がプロモーションツールのようになっている場合もある。いわゆる4Pを使って、市場と会話するのがマーケティグなのだった。
カイハラは、営業力を通じて顧客と会話できることが強みになっている。しかしエンド・ユーザーと会話するためには、別の言語を覚えなければならない。しかも、いったんバブル(この場合はプレミアム・ジーンズブーム)に晒されると、こんどはそれを維持するために経営資源を裂く必要がでてくる。すると、工場の維持に目が向くので他の学習が阻害される。多分、これが日本の製造業の抱えている問題なのかもしれない。
こうした人たちに「今はスポーツウェア素材が流行っているんですよ」と言ってもあまり意味がないだろう。多分「ジーンズ素材作りで培った技術が役に立たない」と言われるのではないだろうかと思われる。こうした状態に陥ったとき「市場がちゃんと私たちの考える品質を分かってくれていないからだ」と主張するようになるかもしれない。これは組織能力の経営論 (Harvard Business Review)に出て来た、シングル・ループ学習の弊害と同じ状態だ。
こうした状態では、不調はいろいろなもののせいにされる。もしかしたら元気のある新人営業マンが出てこないからかもしれないし、そうした人たちを探してくる事ができないリクルーターや人事部が悪いのかもしれない。「若者のジーンズ離れ」が叫ばれる日がくることもあるだろう。(現に、お金持ち=プレミアム・ジーンズということになれば、権威に反対するというポジションからジーンズ離れを起こす可能性もあるだろう)しかし、実際には前提になっている強みを維持することが、新しい学習を阻害しているだけなのかもしれないのである。