さて、前回までアパレル産業をつまみ食い的に見て来た。戦前も日本人はおしゃれだったようだが、戦後になって、ブランド品を身にまとうことは、海外旅行と結びつけられて発展した。堕落する高級ブランドによると、2004年頃の統計では高級ブランド品の売上げの4割から5割は日本人が貢献しているのだという。2割程度は日本国内で売られ、3割程度は海外旅行先で購入されているのだそうだ。(p75)。この消費動向を後押しした人たちは「パラサイトシングル」だと本は分析している。とてもネガティブな響きのある層だが1990年代のバブル崩壊後は、全人口の10%程度を占める層が、80%程度の消費をこの層が支えていたのだという。
ファッションの「グローバル化」は2つの側面から語られる。一つは繊維産業(つまりサプライヤー側)のグローバル化で、もう一つは顧客側(バイヤー側)のグローバル化だ。そしてバイヤー側のグローバル化を推進したのは、日本人だった。これを発見した会社の一つがルイ・ヴィトンなのだそうだ。もともと輸入業者が売っていたヴィトンは、1970年代に現地法人を設立し、主にデパートの店先を借り切る形で日本市場に進出した。百貨店とアパレルの関係について百貨店不況を分析したブログ記事を見つけた。今百貨店は家電量販店に入れ替わっているのだそうだ。ブログの筆者は「日本人の多くはファッションに興味を持っていないだろう」と主張している。しかし実際は「日本人の多くがブランド品に興味を持っていた」からこそ、今の高級ブランドの姿(ある人はこれを堕落と見るだろう)がある。彼らは大量に存在したが故に注目された。そして誰も彼もが高級ブランドを買ったからこそ市場として注目され、世界展開が加速したのだ。行き着いたのは、高級品を作りブランドイメージを演出しているのだが、実際の収益の多くは、発展途上国で作った品物を中流(またはメインストリームとも)に売りさばく、現在のピラミッド構造である。
「百貨店は「アービトラージ」の便益を享受した」と分析できる。日本には市場があることが分かっているのだが、そうした層へのアプローチができない。また店舗を建てるためには不動産の知識、賃料の設定、立地などの知識が必要で、こうした知識を自前で得るのはなかなか難しい。しかし進出して20年も経つとこうしたノウハウは学習される。またローカルの人材を雇って働いてもらうこともできるようになるだろう。高級ブランドは日本に進出してから30年程度かけてこうしたノウハウを蓄積した。この結果、少なくともブランドは選択の幅が広げた。
ところが本はルイ・ヴィトンの戦略変更についても述べている(p93)。彼らは選ばれた人たち(PR担当者は「当クラブのメンバーは、趣味がよく、ファッションセンスのあるアーティスト、起業家、DJやミュージシャンなど、つまりトレンドセッターとなる方々です」と説明する)に向けたクラブを作って、自前で憧れの対象を演出しはじめた。クラブは会員制で紹介がないと入れないのだそうだ。こうしたフラッグシップ店を3年程で資本回収してしまうのだと、シャネルの社長が説明する。昨日見た「裏原宿」は、原宿に来る人たちを囲い込むことで彼らを特別な存在にするのだった。一方、そこから数キロメートルも離れていない表参道ではこうした別のクラブができ始めている。
本来のモデルでは、こうして演出された「憧れの対象」を中流に解放することで、購買意欲が喚起されるはずだ。しかし、少なくともデパートを見る限りこうしたモデルは破綻しつつあるようだ。そもそも被服費にかける費用はこの10年で25%近くも減っているのだとしたら、値段の高いデパートで服(服以外の贅沢品)を買う人は全体的に減って行くだろうことは容易に予想できる。
さて、日本には顕著な上流階級が(すくなくとも戦後には)存在しなかった。高級ブランドにとっての既存顧客がいないということだから、ブランドイメージを毀損することなく、思う存分売りさばくことができる。これがヒントになって「他の地域でも同じことができないか」と試行錯誤されることになる。しかしアメリカではそうもいかなかったようだ。最初に進出したのはラスベガスだが、これは隔離された特別な都市だ。次にロデオ・ドライブなどの場所に出店する。(本ではこれを「高級ゲットー」と読んでいる)さらにここで売れ残ったものは、デザートヒルズにある「アウトレット」に運ばれる。(場所が分からないので、地図で見たところ、リバーサイドとパームスプリングスの間にある。本当に砂漠の真ん中だ)最終的に行き着いたのがネット販売だ。
百貨店は物理的な存在なので「商圏」に縛られる。中流層が離反するとこれをコントロールすることはできない。これは百貨店にとってはマクロレベルの問題なのだ。しかし、ネットビジネスは商圏に縛られない。故にやり方さえ正しければ、広く薄く顧客を集めることもできるのだろう。
『堕落する高級ブランド』では、ネット販売について3つの事例が出てくる。
- アルノー氏とネットベンチャーが組んだ最初のモデル。ITバブルの典型的な事例だ。経営がずさんで、高級なオフィスを世界各地に作った。一方、サーバーにはあまり投資しなかったのか、クリスマスにサーバー負荷が耐えられなくなり、結果的に撤退した。
- 続いてアルノー氏が行った試み(イー・ラグジュアリ)。取材費を大量に投入し、豪華なウェブマガジンを作った。しかし、あまり芳しい成果は出ていないのだという。
- 最後のモデルは、少数精鋭で、ウェブマガジンを持ったネット・ア・ポーター。「口コミ」に依存するのだそうだ。偶然なのか必然なのかこれは「裏原宿モデル」に似ている。
いったい、何か成功で何が失敗を生むのか。次回はもう少し時間を欠けてネットについて考察してみたいと思う。