「どうして、こうなったのだろう」を考える。現状分析のための歴史のお勉強。
人の欲望は限りない。食パンの歴史を通して検証してみましょう。
三代の首相の辞任のメッセージなどを踏まえつつ、死に急ぐ若者たちについて考えます。
オーウェルの1984年を再発見した。SF小説として面白いかどうかは別にして、英語圏では共通語のように使われるコンセプトが多く生み出された教科書的な一冊だといえる。
新しい時代の原動力になったのは下級貴族の野心と大義の存在だった。やがて帝国が拡大し、官僚や軍事コストが増大すると、帝国は没落の時代を迎える。新しい芽がどこから生まれるのかが分かる。
かつて日本人はすべてのリソースを使ってしまわずに、特別なものとして取っておいた。これがいろいろなものの正当性の基礎になっていたのだが、だんだん忘れ去られてしまったようだ。
希望も絶望も、それ自体が問題なのではないのかもしれない。どこからそれらが生まれ、どこに行くのかということの方が違いを生み出しているようでもある。
1/3の労働者が非正規労働であるという現在の状態は、農奴制度に似ている。この制度がどのように崩壊したのかを見る事によって、現在の労働問題を考察する。(なんか大げさな概要だ)
日本は開国当時から貿易の大切さを認識していた。それが軍事と結びつくと、事態は抜き差しならない方向に進んでいってしまう。
「新しい付加価値を作る」と言ってみても、なんとなく漠然としている。100年前に作られた新しい付加価値である、デザインがどのように生まれたのかを考えてみる。
政府は具体策を打ち出せないまま資産が封鎖されその後のインフレで価値が大幅に下がった。法律を遵守して飢え死にする人も出たが、たいていの人はそれを無視した。
希望のない状態に長く耐えることはできない。まどろみだろうがいつわりだろうが、人々は何らかの希望を見つけるだろう。
1845年、アイルランドでジャガイモ飢饉が起きた。結局自力では解決することができず人口は国外に流出した。相違点も多いのだが、閉鎖的な経済圏で多くの人が同じ産業に頼っている点は共通している。
おじさんたちの野球談義を聞きながら、権力欲に取り憑かれた豚さんたちの話を読む。外は雨が降っている。
多様性を失った産業は柔軟性を失い簡単に瓦解する可能性がある。そうした状態に陥らないように、全体に目配りするために必要なのが政治的リーダーシップだ。
リーダーシップについて、具体的な例を挙げてみてみる。ここでは池田勇人の所得倍増計画を例に使う。
ベルギーの混迷する政権と言語的アイデンティティの問題
ベルギー南部の人たちは言語的に優位にあった。しかしこの事が却ってベルギー南部に衰退を生み出すことになる。
中年の危機について考える前にユングの時代について勉強する。
我々の先祖がネアンデルタール人と交雑していた可能性があるという、まさに小ネタ。
戦争について扱ったテレビ番組を見るにつけて思う。どうして負けちゃったんだろうと。
倉本聰さんの帰国を見た。ドラマとしては面白くなかったが、見所は他にあった。
外食と豊かさについて考察したレポートを見つけた。我々はこの10年間にどれくらい豊かになったのだろうか。
アイルランドとアルゼンチンの例を挙げて、成長が起こるとき、止まるときについて見てみたい。
閉じてしまう系を前提に議論をすると「このまま何もしない方がいい」という結論が自然に得られる。結論を変えるためには前提ごと交換するしかない。
学説自体に、幼少期の経験に起因する認識のゆがみがある。
TPPの議論がおもしろいことになってきた。どうやら日本人は「外圧」がそんなに嫌いじゃないみたいだ。でも、たぶんそれは衰退の証だと思う。